「招かれざる客」

招かれざる客 [DVD]

招かれざる客 [DVD]

アガサ・クリスティーの同名戯曲を映画化した作品だと思って観てみたら全く違っていた。しかし勘違いから偶然観てみた映画であるにもかかわらず、歴史的な傑作と言っていい作品で驚いた。

知的でリベラルな思想を持った白人夫婦の娘が唐突に黒人の男を連れてきて結婚したいと言い出す。その男がだめなやつなら「娘はやらん」と一喝できるのだがむしろ逆で、非の打ち所のない経歴を持ち人格も立派といえる人間であった。両親は男の肌の色以外に結婚を否定する理由がない。理由がないのだけれど、悩む。しかし両親たちは確固たる信念を持ち、差別が不当なものだとわかっているし、人種間の諍いを憎んでいるとさえ言ってもいい。もちろん娘にもそのように教育している。どんなことがあっても人種差別は悪であると。それゆえに娘は自分の結婚相手に黒人を選んだとも言える。だからこそ余計に結婚を否定する理由がない。ないのだけれど、やっぱり悩む。

人間の感情はロジックではない。いや、突き詰めればロジックかもしれないけれど、単純なものではけっしてない。だからこそ文学が存在するのだ。

この映画は1960年代のアメリカ社会の人種差別をテーマとして扱っているがそれだけの領域に収まっていない。不条理な人間の精神というもっと普遍的なものを描いている。だから時代を経ても古くならない。本物のクラシックとはこういうものだ。

高野秀行『幻獣ムベンベを追え』

幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)

幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)

作者を代表とした早稲田大学探検部の面々が中心となり、コンゴの奥地へ謎の怪獣モケーレ・ムベンベを探しに行くドキュメンタリーという……。くだらないように見えるけど、ジャングルをかき分けてゴリラやワニがたむろする人間の手がほとんど入っていないコンゴの奥地の湖で一ヶ月以上過ごすことを素人同然の人間が実際にやってみるんだから、そりゃもうマラリアに感染するわ食料はなくなるわありとあらゆる困難が押し寄せてきておもしろくないわけがない。若いうちじゃないとこういう本は書けないだろうな。

コンゴは日本人にとって非常に馴染みの薄い国だが、この本を読んで一度行ってみたくなった。

秋山瑞人『猫の地球儀』

猫の地球儀 焔の章 (電撃文庫)

猫の地球儀 焔の章 (電撃文庫)

猫の地球儀〈その2〉幽の章 (電撃文庫)

猫の地球儀〈その2〉幽の章 (電撃文庫)

SFだ! と思ってわくわくしてたらSF部分はあくまでもエッセンスにとどまっていて主軸はバトルもの。自分はつまらないと思った。同じ作者の『イリヤの空、UFOの夏』はわりと好きなんだけど、あれもSF部分はなんかどうでもいいように書かれてると思うんだよな。作者と自分の興味がぜんぜん違う方向を向いているのを感じる。

村上陽一郎『ペスト大流行―ヨーロッパ中世の崩壊』

中世ヨーロッパで猛威を振るった感染病ペスト。当時のヨーロッパの人口のおよそ三分の一がこの病気で死んだというのだから途方も無い。とにかく人間が死にまくり、ペストで死んだ人間を埋葬しようとした人間もペストに感染して死んでしまうから街は死体で溢れかえる。とんでもない事件だったんだな。

ペストの原因がわからないからスケープゴートとしてユダヤ人が排斥されたりして、今も昔も変わらないんだなと暗い気持ちになる。

新書なので若干物足りなさが残るけど、コンパクトにまとまっていてさらっと読めるしおもしろかった。

サイモン・シン エツァート・エルンスト『代替医療のトリック』

代替医療のトリック

代替医療のトリック

自分の中で打率百パーセントを誇るサイモン・シン代替医療の研究者であるエツァート・エルンストと組んで書いた本なんだけどいまいちおもしろくない。医学における科学的な手続きとはどういうことかということを、どんなわからず屋でもわかるよう平易に説明する点は立派だと思うけど、自分にとってはやや退屈だった。二重盲検法は大事だ、効果があるように見えるけどそれはプラセボ効果だ、と繰り返し言われてもそんなことわかってるよと言いたくなってしまう。

しかし、退屈ではあるけれど誠実な本だと思う。代替医療を上段からバッサリと「これはインチキだ!」と一刀両断するのではなく、「基本的に効果は認められないが限定的に効果はある、ただし通常医療以上のものではない」というふうに平等な意見を述べるため、歯切れは悪いが客観的で説得力があるし支持できる。いまいちおもしろくないけど良い本で評価が難しい。

また、代替医療の強固な信奉者がこれを読んで「なるほどたしかにその通りだ」と思うのだろうかという疑問も浮かんでしまう。むしろ「不合理ゆえに我信ず」って言うんじゃないかな。WHOの調査報告に疑問を呈していたりして、一見すると危うい感じも漂う。

本筋ではないが、ナイチンゲールが統計学を駆使して兵舎病院の環境を改善していくエピソードは感動的だった。ナイチンゲールってなんかとにかく偉人らしいという程度の知識しかなかったんだけど、ほんとにすごいひとだったんですね。

酒井直行『妹はラノベの女神ちゃん』

妹はラノベの女神ちゃん (スマッシュ文庫)

妹はラノベの女神ちゃん (スマッシュ文庫)

主人公の名が事もあろうに「九十九十九」であるとどこかで知り、これはゲテモノに違いないと思って読んでみたけどちっともおもしろくない凡作だった。がっかり。

舞城王太郎みたいなメタフィクションを書きたいという意欲はわかるけど、ただライトノベルのフォーマット(お約束)をなぞってそれにツッコミを入れているだけになってしまっていて、あまりにも安易すぎる。その点も含めていかにもなラノベなんだけど……。新人賞の下読みをやったことあるひとはこういう作品を山ほど読んでるんじゃないかな。

作者は愛媛のアイドルグループひめキュンフルーツ缶のプロデューサーで、この作品のヒロインたちもひめキュンのメンバーをモデルにしているそうだ。なので、ひめキュンのファンは楽しめるのかもしれないが、個人的にはまったくおすすめしない。

ドン・デリーロ『コズモポリス』

コズモポリス (新潮文庫)

コズモポリス (新潮文庫)

現代アメリカの都市生活者の生きることの困難と言おうか、ドン・デリーロの作品はどれもそうだけど、詩的だが抽象的ではなく切れ味が鋭い。その反面、これもドン・デリーロの作品すべてに言えることだが、とてもよくできているけどそれ以上ではないと思う。すごい! 衝撃的! という作品ではない。ダーレン・アロノフスキー監督の映画『π』に雰囲気が近いと思った。

ポール・オースターへ捧ぐ」との献辞は、ニューヨーク三部作を意識しているのだろうか。