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トマス・ピンチョン『逆光』

逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン全小説)

逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン全小説)

逆光〈下〉 (トマス・ピンチョン全小説)

逆光〈下〉 (トマス・ピンチョン全小説)

そのころキットは、応用力学研究所を頻繁に訪れるようになっていた。そこでは、近年プラントルが境界層を発見して以来、研究が目まぐるしく進み、揚力と抗力の問題に関して熱心な探求が行われ、動力飛行が羽毛の生えそろった鳥のように歴史の縁に止まっていた。キットが空港力学に注意を向けたのは、何も考えずにヴァイブの屋敷に滞在したとき以来だった。ヴァイブ一家に連れられてロングアイランドにゴルフに出掛けたとき、彼はぶつぶつボールを知った。それはグッタペルカ製のボールで、完璧な球形ではなく、故意に加工して表面に小さな瘤状の突起を付けてでこぼこにしたものだった。そのとき彼が気づかずにいられなかったのは――スカーズデール・ヴァイブのような連中がなぜか好むこのゲーム自体にはあまり興味を持てなかったが――ある種の飛翔の神秘だった。特にティーショットの際、打ったボールが急な角度で上昇するのを見たときには否定しがたい心の高ぶりを覚えた。重力を否定するようなその興奮はゴルファーでなくとも理解できた。それ以外にもゴルフ場には浮世離れした雰囲気が漂っていた。市民通りの反対側にある小宇宙にますます引かれるようになったキットは、間もなくゴルフボールの表面のぶつぶつの意味を理解した。境界層で乱流が発生すると、ボールの速度が落ち、空中を飛ぶボールの運命が否定される。それを防止するのが表面のでこぼこなのだ。工学系や物理学系の学生がよく訪れる酒造通りの酒場で彼がその話をすると、すぐに何人かが地球を引き合いに出した。でこぼこのある巨大な扁球は、エーテルの中を進むとき、第三の次元の方向に揚力を受けるのではなく、ミンコフスキーの「四次元物理学」を通じて、幸福感にあふれた世界線に沿って揚力を受けるのではないか、と。