「ザ・マスター」

戦争後遺症に苦しみ、アルコールへの逃避を続ける主人公フレディ・クエルは、正常な社会生活を続けることの困難と直面しながら、偶然あるサイコ・セラピストと出会う。彼は周囲から「マスター」と呼ばれており、マスターと支持者たちの小さなコミュニティは一種の新興宗教の様相を呈していた(この辺はサイエントロジーをモデルとしているそうだ)。フレディは非科学的な言動を繰り返すマスターを心のどこかで完全には信じ切れない感情を抱えつつも、自己の暗く淀んだ内面と向き合いながら、マスターと奇妙な相互依存とも言える関係を歩んでいく。

フレディを演じるホアキン・フェニックスの「こいつホントにあたまイッてるんじゃないか」と思わせるほどの怪演もすさまじいが、なんといっても圧倒的な、あまりにも圧倒的な映像の美しさが素晴らしい。最初から最後まで不穏な空気が立ち込め、とてもストレスを感じる物語であるにも関わらず、絵作りがあまりにも巧みで映像にどんどん引き込まれてしまう。

ただ、音楽の使い方が少し引っかかった。ほとんどのシーンでBGMが流れているので緊迫感が薄れてしまう。例えばミヒャエル・ハネケラース・フォン・トリアーがこのテーマで映画を撮っていたら、もっと痛烈な(そしてもっと不快な)作品になっていたのではないかと思う。その辺のバランス感覚の良さがポール・トーマス・アンダーソンが広く支持される理由でもあるのかもしれないが。