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フォークナー『響きと怒り』

響きと怒り (講談社文芸文庫)

響きと怒り (講談社文芸文庫)

もしあれが四十五分の鐘だとしても、あれからまだ十分以上はたっていなかった。ちょうど一台の電車が出たあとで、早くも次の電車を待つ人々がいた。ぼくがたずねると、相手はあなたの乗ろうというのは都市連絡電車だろうから、正午前に出るかどうかわからないといった。と案の定最初にきた電車はまた市街電車だった。ぼくは乗った。だれしも正午を感じることができるものだ。地下の鉱夫たちでさえそれを感じられるのではないかと思う。正午のサイレンがなるのはそのためなのだ。精出して働いている人々は自分でそれが感じられるが、もし仕事から遠ざかると、サイレンは聞こえなくなるだろう。そして八分もすると自分はボストンへいってしまってそれが聞こえなくなるほど仕事から遠ざかるにちがいない。人間はその人の不幸の総和だと父はいった。がいずれは不幸の方がくたびれるかも知れないと人は思うかも知れない、だがそうなるとこん度は時間がお前の不幸となるのだと父はいった。一羽の鷗が空中に張られた眼には見えない針金の上を引っ張られていくように動いている。お前は自分の挫折の象徴を永遠の中に運び込んでいるのだ。すると翼がだんだん大きくなるが残念ながらハープを奏いてくれるものはいないと父はいった。