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グレッグ・イーガン『しあわせの理由』

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

しあわせの理由 (ハヤカワ文庫SF)

短篇集。「ボーダー・ガード」の量子サッカーはさすがに発想がぶっ飛びすぎてて笑ったけど、どの作品もおもしろかった。「適切な愛」は視点をちょっとずらすとホラーになりそう。「闇の中へ」はエンターテインメントとしては一番で、この不条理さはテッド・チャンの「地獄とは神の不在なり」に近いと感じた。表題作の「しあわせの理由」はちょっとオチが弱いかな。

僕が一番好きなのは「愛撫」だけど、この作品にはひとつ基本的なミスがある。人工的に作られた体が豹で頭が人間のキメラが登場し、ベルギー象徴主義の代表的画家であるフェルナン・クノップフによる『スフィンクスの愛撫』を絵画ではなく現実に再現するというのがこの作品のプロットなのだが、『スフィンクスの愛撫』で描かれているスフィンクスの体は、あれは実は豹ではなくチーターなのである。豹とチーターは外見がそっくりだし、スフィンクスの体は豹かライオンであることが通例なので、イーガンも勘違いしてしまったのかもしれない。しかし、クノップフが体色や模様を吟味したうえで豹ではなくあえてチーターをモデルに選んだのはこの絵画にとって非常に重要なことだし、「愛撫」は完璧主義者が完璧に絵画を現実に再現することが物語の根幹なので、このミスは致命的だと思う。でもちょっと気持ち悪くてロマンティックなところが僕は好きだ。

下がフェルナン・クノップフ『スフィンクスの愛撫』。手足が長く、斑紋が輪っか状になっていないのがチーターの特徴である。
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