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J・M・クッツェー『ペテルブルグの文豪』

ペテルブルグの文豪 (新しい「世界文学」シリーズ)

ペテルブルグの文豪 (新しい「世界文学」シリーズ)

主人公がドストエフスキーという時点で変な小説というのは明らかなんだが、読み進めていくとだんだんとこれが『悪霊』の翻案であることがわかってくる。

この小説のドストエフスキーは若くして失った息子の不可解な死を受け入れきれず、息子の住んでいたペテルブルグへ行き、父の知らない我が子の過去の姿を探っていく(言うまでもないがすべて史実ではない)。

有名な事実だがクッツェーも過去に息子を亡くしていて(自殺である)、そのため読者はこの小説のドストエフスキーの境遇とクッツェーを重ねて見ざるを得ないのだが、しかしこれをクッツェーの変則的な私小説として読むのは無理があるように思う。というよりそう読んでもしかたないと思う。主人公はだれあろう文豪ドストエフスキーなのだ。テーマは創作することの意味にまで手を伸ばし始めるが、土台が『悪霊』なので必然的に物語は政治の領域にシフトしていく。

文体は簡潔なんだけど物語が煩雑であっちに行ったりこっちに行ったり。おもしろくないわけではないんだけど、肩透かしというか、期待して読み進めていると梯子を外される(それも何度も)というか。クッツェーも本当はもっと違う形のものを書きたかったのではないかな。『ロビンソン・クルーソー』を下敷きにした『敵あるいはフォー』はうまく行っていたのだが。悩みを感じる作品。

オーストラリア在住のオランダ系南アフリカ人であるクッツェーがアメリカで失った息子の物語をペテルブルグを舞台に描いているという視点で見ても類のない小説である。