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長谷敏司『あなたのための物語』

あなたのための物語 (ハヤカワ文庫JA)

あなたのための物語 (ハヤカワ文庫JA)

人間は死ぬ。絶対に死ぬ。人類の歴史のおよそ二十万年のうちに生まれた人間は全員例外なく死んできたし、いま生きている人間もいずれ確実に死ぬ。それは人間が滅びゆく運命を持った肉体を持っていることから導き出される必然だ。あらゆるものを疑ったとしても、自分が存在するということと人間が死ぬということ、このふたつは絶対に否定できない。

近未来。人間の精神を物理的に記述することができるITPと呼ばれるテクノロジーの開発によって、人間は自分自身の人格をそのままコピーし、コンピュータ上に擬似人格を作り出すことができるようになった。肉体を持つ人間としての逃れられない死と、肉体を持たないデータとして複製可能な人格の死。それらの決定的な違いの対比から、人間にとって死とはなんなのかということを浮かび上がらせていく。

主人公であるサマンサの抱える病との苦闘の執拗なまでの描写は、思わず目を逸らしたくなるほど痛切で、苦しい。サマンサは自分自身の余命が半年あまりしかないという現実を突き付けられ、必死にもがき、ある時は逃避し、最後には受け入れる。その過程には、サマンサ自身が生み出した「人間らしい」小説を書くために生み出された擬似人額「wanna be」との対話があった。

人間の終末期を描いた小説はJ・M・クッツェーの『鉄の時代』などがあるが、この作品は相互不信とコミュニケーションの不可能性を読者に突きつけるクッツェーのそれとは違い、人間の精神に対する全幅の信頼といっていいほどの、暖かな視線が貫かれているように思う。だれもが最後には孤独に死ぬとわかっていても、それでも……と。