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残雪『黄泥街』

黄泥街

黄泥街

堀のできものがツーツー鳴っている。耳をすましたとたん、天地のはざまの万物が一斉にツーツーと鳴りだした。黄色い空には無数のちっぽけなカナブンが飛びかい、大きな蝿が一匹、ヘリコプターのように降下していく。みな、まぶたが痒くなった。ちょっとこすったらあくびが出た、ひとつあくびが出るとつづいて夢がやってきた。果てしのない長い長い夢。夢に出てきたものは奇妙だった。犬も、百足も、ミミズクも、家も、木も、ありとあらゆるものがツーツーと音をたてて鳴りやまず、その音のただなかから、またうっすらとめやにがにじみだしてまぶたの縁にこびりついた。

ここ数年の読書体験の中でもっとも衝撃を受けたのは残雪の『暗夜』という短篇集を読んだときのことだ。

『暗夜』に収録されている作品たちは、どれをとってもまったくわけがわからない小説ばかり──というよりも、なんとなくわかるのだけれど、それをもっとわかろうとするとよりわからなくなるという作品で、書かれている物語に対する解釈を拒む奇妙な抵抗感、というより解釈できるなにかが決定的に欠落している小説とでも言えるような──この説明もわけがわからないと思うけれど、残雪の小説の異常さはちょっと筆舌に尽くしがたいものがあるので容赦してもらいたい。

ぼくは中国でノーベル文学賞を取るのは莫言よりも残雪の方が先ではないかと思っていた。オリジナリティの点で言えば、世界でも残雪の右に出る作家はいないと思う。

残雪はカフカの研究もしていて、研究書も出しているくらいだから、当然カフカの影響を強く受けていて、実際カフカの小説のおかしさや途方に暮れる感じは受け継がれているのだけれど、残雪の小説はカフカよりもさらに奇怪というか、生理的な恐怖心を感じるというか……。とにかく変な小説なんです。

『黄泥街』は『暗夜』のように恐怖心を感じる作品ではないにしても、やはり異様な作品だった。

とにかく全編にわたって糞便やらなんやらの汚物が乱れ飛び、ドロドロの雨が振って体は腐りだし、吐気がするほど気持ち悪いことこの上なく、物語はあっちへこっちへ行ってわけがわからない。悪夢としか言いようがない。

残雪にとっての中国はここに描かれているものそのものなのだろうか。わからない。わからないが、わかろうとするとやっぱりもっとわからなくなるから、小説を読んでいる体験そのものを心に留めるしかない。

ちょっと怖いもの見たさで読むと後悔するかもしれないが、普通じゃない小説を読んでみたいひとにおすすめしたい。