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ドン・デリーロ『ボディ・アーティスト』

ボディ・アーティスト (ちくま文庫)

ドン・デリーロは描かれる内容自体が巨視的で広大なスケールをもった作品を多く執筆していて、物理的にも枚数が多くて読み切るのに体力がいるけど、この本は比較的こぢんまりとした短編となっていて読みやすい。でも内容は軽くないので、ドン・デリーロ入門にいいかもしれない。

小説はふたりの夫婦の日常から幕を開け、静かで少しだけ不穏な空気の流れるシーンの美しさに引き込まれるが、夫が理由の判然としない自殺を行う事件から物語は急転していく。

病んでいく妻、突然現れる謎の少年、一歩間違えれば通俗に堕しそうな構図だけど、全編に渡って緊張感に溢れていて、ミステリ的な仕掛けもあり、とてもたのしく読んだ。

ただ、例えば、同じ現代アメリカの巨人トマス・ピンチョンと比べると、ドン・デリーロの小説はすっきりしていて腑に落ちすぎる。『堕ちていく男』なんかは作品の主軸となっているのがアメリカ同時多発テロ事件なんだけど、それを直接描くのではなくて、周辺をなぞるように埋めて行って9.11というものを浮かび上がらせていく。お手本のように構成がうまい。で、登場人物に「神が存在するとしたらなぜこんなにも現実は不条理なのか」みたいなことを語らせる。そこで読者は「ふむふむこれは『カラマーゾフの兄弟』における大審問官のアポリアですな」と解釈する。わかってしまう。物語と物語のあいだにあるなんだかよくわからないもやもやしたものを体験するのが文学の真面目だと思うんだけど、ドン・デリーロの小説からはあまりそれを感じない。単にピンチョンが異常なだけなのか。