パスカル・ラバテ『イビクス』

イビクス――ネヴローゾフの数奇な運命 (BDコレクション) 

国書刊行会より「BDコレクション」として刊行された一冊。

BDについて概説的なことを書こうと思ったけど、国書刊行会の特設サイトをみてもらったほうが早い。

ここ数年、『ウォッチメン』や『バットマン: ダークナイト・リターンズ』といったアメリカンコミックの歴史的傑作が相次いで復刊され、映画原作としても注目が集まった。さらに、アラン・ムーア原作の『フロム・ヘル』がオルタナティヴ系の作品としてはこれまでにない程の売上を記録するなど、様々な好条件が重なった結果、現在は海外マンガの出版ラッシュとも言える事態になっている。海外マンガがさっぱり売れず翻訳がほとんどされない2000年代の冬の時代を肌身に感じていた自分自身の感覚からすると、出版される本が多すぎてどれを買うか迷ってしまうという今の状況が信じられないほどだ。

そのような海外マンガブームとも言える状況で、毎週のようにさまざまなタイプの作品が出版される中でも、「BDコレクション」の刊行は事件だった。椿事と言ってもいい。

日本でのBDの受容のされ方は、現在映画も公開されている『タンタンの冒険旅行』 や『スマーフ』などの児童書や、メビウスなどの作家に代表されるファインアート寄りの作品のみに限られていたが、この「BDコレクション」シリーズはそのどちらでもない。BDは一般的に少ページ+オールカラー+ハードカバーが普通だが、「BDコレクション」は300ページを超す大ページ+モノクロ+ソフトカバー。さらに日本ではほとんど名前も知られていない一癖も二癖もあるマイナー作家ばかり。しかも全作品おもしろい!

もちろん、ダビッド・ベー『大発作』などといったモノクロ長編作品はこれまでにもいくつか刊行されているけど、それをシリーズとして三冊も出版するのには驚いた。これを企画した編集者にある種の狂気すら感じる。

その「BDコレクション」シリーズ第一作目がこの『イビクス』だ。

この作品は「ネヴゾーロフの数奇な運命」という副題の通り、ロシア革命の混乱期を運命に翻弄されながら生きる男の物語で、シリアスかと思えばそうでもないし、コメディかと思えばそうでもない。まさに数奇としか言いようのないストーリーで、ちょっと他のマンガでは味わったことのない不思議な読後感がある。

絵も不思議だ。濃淡がかなりついた水墨画のようなそうでもないような…。ちょっと他に例が思いつかない。

原作はトルストイ、といってもかの世界的文豪レフ・トルストイではなく、アレクセイ・トルストイという人物の小説で、そこら辺もなんだかとぼけてる感じでおもしろい。