ポール・オースター『幻影の書』

幻影の書 (新潮文庫) 

作り話なんかしたって仕方ないでしょ。あたしだってその場に居合わせなかったら信じなかったと思うけど。でも本当にそうだったのよ。昔のことも、すべて本当にヘクターの言ったとおりだった。今度こそ絶対嘘だと思っても、調べてみるとやっぱり事実なのよ。だからこそこれはありえない物語なのよ、デイヴィッド。何もかも真実だからこそ。

主人公デイヴィッドが妻と息子二人を飛行機事故で亡くしたショックでアルコールへ逃避する日々を送るシーンから作品が始まり陰鬱としているが、ヘクターという忘れ去られたコメディアンを「発見」し、デイヴィッドがヘクターの主演しているサイレント映画についての微に入った解説を行いだすあたりからどんどんストーリーの速度が増して行って引き込まれる。

この小説は会話文が「」で囲まれていない。全体で地の文と会話が明確に区別されていないので最初は違和感があったけれど、文章自体が美しく読みやすいのですぐに慣れる。これは訳者の柴田元幸の力もあるのだろう。

物語はデイヴィッドによるヘクターの主演映画の解説とヘクター失踪後の数奇なエピソード、デイヴィッドが翻訳を手がける『死者の回想録』という伝記からの引用、ヘクター自信の手による誰にも観せないことを前提として撮影された映画の描写などが平行して書かれていく。さらにこの作品自体がそれらを回想する形でデイヴィッドが著述している構造になっていて、現実とフィクションの境界が曖昧にフラットに描かれる。

ポール・オースターの作品の多くがそうだが、幻想的な部分もあり通俗的な部分もあって平板ではない。かといって複雑でも難解でもない。 

個人的にはオースターの小説の中では『ムーン・パレス』が一番好きで、次が『偶然の音楽』か。ニューヨーク三部作は『幽霊たち』はいいけど他は時代的な要素を考慮しても高く評価されすぎているように思う。『リヴァイアサン』以降はあまり好みではなかったけれどこの作品はすばらしかった。